イシモリフミオ

石森史郎

  • 日本の映画の脚本家
  • 日本のテレビの脚本家
  • 松竹の人物
  • 北海道出身の人物
  • 日本大学出身の人物
  • 1931年生
  • 石ノ森章太郎
プロフィール

1931年、北海道生まれ。 日本大学藝術学部映画学科卒。在学中に処女作「晩鐘」がシナリオ作家協会新人シナリオコンクールに入選。大学卒業後、近畿広告勤務を経て、1959年に「ママちょっと来て」でテレビ脚本家デビュー。以来、時代劇からアニメまで幅広く執筆。映画では1964年に「噂の風来坊」で初脚本、1985年に「虹をかける天使達」で初監督。一方、私塾「青春脚本塾」で新人育成に尽力。1975年に銀河テレビ小説「青春」でギャラクシー賞、1983年に「みちずれ」で日本民間放送連盟賞。映画では1966年に「私は泣かない」で青少年映画賞文部大臣グランプリ、1973年に「旅の重さ」「約束」で毎日映画コンクール脚本賞、芸術選奨新人賞、1992年に「青春デンデケデケデケ」で日本アカデミー賞優秀脚本賞、第1回プロデュース作品ドキュメンタリー映画「光と風のきずな」で芸術祭優秀賞、児童福祉文化奨励賞厚生大臣賞などを受賞。

石森 史郎(いしもり ふみお、1931年7月31日 - )は、日本の脚本家。エ・ネスト所属。北海道羽幌町出身。

  • 出典
  • 更新日
    2021/7/17 21:35:52(UTC)