ヤギヤスタロウ

八木保太郎

  • 日本の脚本家
  • サイレント映画
  • 日活の人物
  • 満映の人物
  • 群馬県出身の人物
  • 1903年生
  • 1987年没
プロフィール

八木 保太郎(やぎ やすたろう、1903年2月3日 - 1987年9月8日)は、日本の脚本家である。俳優を志すも助監督となり、サイレント映画時代に脚本家としてデビュー、トーキー時代に名を成し、30代で東京発声および満映の製作部長を歴任、戦後は映画界初の産別組織「日本映画演劇労働組合」委員長、日本シナリオ作家協会会長を歴任、インディペンデント製作会社「八木プロダクション」を主催した。戦前の一時期、毛利 三郎(もうり さぶろう)、毛利 三四郎(-さんしろう)名義でも執筆した。

  • 出典
  • 更新日
    2021/3/28 21:47:52(UTC)